先日、岡山大学の先生で、東京に研修に出向される方がおられ、お話する機会を得ました。
その先生は東京での生活はお初であるそうで、
“西山先生、東京ってどんなところでしょうか?”というようなご質問を頂きました。
その先生とお話しながら、学生時代の事を思い出しました。
東京慈恵会医科大学時代・・・
東京ピープル、たしかに岡山とは県民性(都民性?)が、違う部分がありました。
ショートカットしたいのですが、文脈が無いと理解が難しい話です。
少し長くなるので、3章に構成を分けて説明したいと思います。
第1章:たわいのない会話
第2章:光と影
第3章:トラウマとの邂逅
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第1章:たわいのない会話
慈恵医大時代、私は、N岡、N野という男と3人で臨床実習(ポリクリ)をまわっていた。
学外病院研修が御茶ノ水であり、11時半ごろに午前の部がおわった。
と、おもむろにN岡が、“明大キャンパス行ってみよ~ぜ!”と誘ってきた。
言われるがまましばらく歩くと、ひときわキラキラ輝くビルが。
明治大学駿河台キャンパス “リバティタワー”である。

え?これが、大学!?
とてつもなく大きな校舎である。
慈恵医大のどよ~んとホコリをかぶり、微妙にホルマリンの香りのする校舎とは、世界がまったく違って見えた。
入口にはキャンパス寄付者の名簿があり、明治大OBの星野仙一さんやビートたけしさんの名前があった。
“ここの学食、明大学生以外でもOKなんだよ、いこ~ぜ!”
マンガの世界のような豪華な吹き抜けを通りながら、17階 “スカイラウンジ”へ向かった。

17階の”スカイラウンジ”に到着すると、明治大学の学生さんが大勢ランチを楽しんでいた。
女子学生達が雑誌を見ながら、ゼミの話をしたり、先輩とおぼしき男子のライブに行く話で盛り上がっている。
そこにはキラキラと輝く大都会の大学生の姿があった。
まるで映画のようなキャンパスライフ。華やいだ会話風景。
さっきまで産婦人科の地味なポリクリを適当に終えた我々とは、まったく別の世界を感じた。
明大のキャンパスのノリに乗っかって、野郎3人でランチを楽しんだ。

学食はいたって健康的献立で、ほどよく昼食を終えた。
片付けたあと、17階スカイラウンジから外の景色を、3人で眺めていた。
ラウンジからは日本大学、順天堂大学、東京医科歯科大学など、錚々たる大学が見える。
N岡:西山~なんか俺、明治大学入り直したくなっちゃったよ~
西山:そうですよね~
(注:N岡はおとなの事情で同級となったので、敬語であった)
N岡:あ~午後のポリクリ戻りたくね~な~ 明治女子とコンパできね~かな? おいN野!ナンパしてこいよ”
N野:いやムリっすよ。N岡さんのほうがそういうの得意でしょ。
西山:N岡さん、山のクラブでTUBEの前田に会ったって話、つづき聞かせてくださいよ~
・・・というようなどうでもいい会話が続く。
N岡:でもここでメシ食って外界を見下ろしてると、なんか勝ち組って感じで、気分いいよな~
N野:ぶっちゃけ女子のクオリティーも、大学ランクとリンクするんですかね?
西山:しかし明治大学の学生さん、こんなすごい建物で講義受けて、周辺の大学を見下ろしながらランチしてるんだ。スゲェな…
・・・今思い出すと赤面するワード連発だが、大学生なんて、そんなもんである。
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第2章:光と影
どうでもいいトークを終え、さあ下に降りようか、というその時。
N野とN岡が1点を見つめ動かなくなった。
無言である。

”ど、どうしたんだ2人とも?”
私はたずねた。
N野、N岡が同時に私にこう言った。
“見ろ。あそこのボロボロの建物を!あれが駿台予備校だ!!”
指指した先の建物は、予備校大御所、駿台予備校であった。
スカイラウンジから見下ろ駿台は、どよよ~んとした古い建物であった。
N野もN岡も、下に見える駿台予備校で浪人時代を過ごしたとのことである。

N野とN岡は突然、駿台予備校から目を離さない。
N野+N岡:西山!おれたちはあそこから這い上がって来たんだ!わかるか!?
西山:???そうなの。ふ~ん。
私はさっきのトークの延長で、かるくさばいた。
これが、いけなかった。
N野とN岡は、血相を変えて私に説教しはじめたのである。
N岡:オイ西山!お前は田舎でのほほんと過ごしラッキーパンチで慈恵合格したようだが、東京で浪人生活してきた俺達がどんな目に逢ってきたことか・・・
N野:俺達クズは掃きだめのような予備校で、地獄を味わってきたんだよ!
そ、そんな・・・ちょっとオオゲサじゃない!?
N岡:西山、田舎者のオマエに東京のリアルを教えてやるよ。
N野:東京は、”偏差値カースト制度”という身分制度があるんだよ!
N岡:そうだ。しかも浪人生は、偏差値カースト制度の最下層、“シュードラ”なんだよ!
N野:シュードラから這い上がり、今オレたちはこの明大のラウンジに立っているんだ!
ちょっと、笑えなくなってきた。
うーん、しかし…
田舎者代表として、私には彼らの言葉に、疑問と違和感があった。
そもそも、東京の”偏差値カースト制度”って、何なの!?
ある目的のために偏差値があるだけで、偏差値そのものが価値観ではないのでは?
さらに言えば東京では、その後のキャリアパスや人生まで偏差値カースト制度はつづいていくらしいが?
たとえば医師になってからも、そして親になり子供に対しても偏差値の重圧は続き、こまごまと比較され、そしてカースト分けされるそうだが?
要するに、東京で浪人した君たちのヒガミと苦労話でしょ?
悪かったな!田舎でテキトーに育って!
きみたち、ちょっと気色悪い価値観、やめたら?
一瞬そう言い返そうと思ったその矢先、N野のつぎの言葉に衝撃を受けた。
” まあこんな説教西山にできるのも、慈恵合格できたからだけどな⋯ “
” ぶっちゃけ、まだあそこ(駿台予備校)で8浪とか10浪している医学部志望の奴も、いるぞ。俺より年上の奴も、いるんだよ⋯ “
東京カーストの最下級である浪人生から、俺達は這い上がったんだ。
這い上がらなければ、ずっとあそこにへばりついたまま何も言えず、差別されつづけるんだ。
実際そんな奴らがうごめいているんだぜ。まだあそこの建物の中に。
そのリアリティに、私の背中に若干冷たいものが走ったのである。
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第3章:トラウマとの邂逅
ひとしきり東京偏差値カースト制度の講義を受けた後、さあ降りようかと思った瞬間、2人が驚きの発言をした。
いまから駿台予備校に行ってみよう!というのである。

トラウマの治療の一環として、患者が恐怖や不安を抱く実際の状況や対象に直面させる治療を”暴露療法(エクスポージャー)”と呼ぶそうである。
彼らはシュードラ時代のトラウマを清算すべく、暴露療法を選択したのであろう。
明治大学から駿台予備校へは、歩いて3分程度ですぐ到着した。
入口で座って参考書を読んでいる浪人生がいた。
N野とN岡は、急になにも喋らなくなった。
無言で予備校に入ると、静かでぼわんとした、雑多な空間であった。
特に審査もなく自由に上に上がれる構造であった。
たしかになんだか、暗い。
N野:N岡さん、やっぱり帰りませんか?ちょっと俺・・・
N野が貧乏ゆすり、いや、震えている。
N岡:お、おお、わかった。じゃあ2階の食堂にだけ行ってみようぜ。
さっきの明大学食と比べてみようぜ、という趣旨らしい。
そういうN岡も、完全に顔面がひきつっていた。

勇気を出して2階にあがると、食堂ルームがあった。
とはいうものの、自販機と流しがある簡素な自習室、といった具合であった。
ラーメンの自販機が見える。“ラ王”が売られていた。
N野、N岡:”ラ王・・・”
立ち尽くす2人。
自販機の前の机で、学生さんが問題の出し合いをしていた。
学生の1人が、”うーん、ラメスⅡ世!”と、答えた。
世界史のようである。
N野、N岡:”ラ、ラメスⅡ世!?⋯”
世界史を勉強(国立大学志望?)していた頃にフラッシュバックしたのか?
2人とも学生を凝視しうごかなくなっていた。
すると突然N野が、
“すみません!ちょっとトイレ!”と、部屋を猛ダッシュで出ていった。
“お~じゃあ外で待ってるわN野。”
N野の状況を察し、外で待つ提案をするN岡。
こういうところは優しい、思いやりのある男である。
いや、N岡自身も限界に達していたのかもしれない。
そして我々はすみやかに駿台予備校を出た。
外に出ると、空が青い。
解放された気分になった。
N岡:ど~よ西山。ちょっとは東京のシビアさがわかったか?
ぜんぜんトラウマを払拭できていない顔のN岡であった。
歩きタバコの口元が、若干震えている。
N野:すみません、ちょっとおなかがグルグルしちゃって!
どうやら胃袋がカラになっているようである。
N野:ラ王はまだセーフでしたけど、ラメスⅡ世は、ちょっとキましたね~西岡さん
N岡:ラメスⅡ世なんて覚えてよ~、人生に何のトクがあんだよ!?なあ?西山~

私が何と返事したかは、覚えていない。
軽くスルーできる状況でもない気がした。
午後のポリクリに戻る途中、明治大学リバティタワーが見えた。
タワーはランチに入ったときより何倍も大きく見え、私の前にそびえたっていた。
17階スカイラウンジは、霞んでもう見えない。
スカイラウンジから駿台予備校、わずか5分の距離。
東京の天国と地獄・リアリズムを感じた気がした。
イナカ者の私が、少し彼らにシンパシーを感じた一瞬であった。
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東京の医療界の偏差値や大学ブランドへの執着は、地方の医師にとっては異常にしか見えない。
・なぜ学歴のしょうもない違いに、こだわるのか?
・なぜ大人になっても、センター試験の点数を自慢するのか?
・東大や慶応の大学院に入り直して、”ウチの大学”って言ってる他大学出身者がいるってホント?
・学歴によって手術させてもらえるもらえないがある、なんて話、ウソでしょ?
イナカ者からするとアンビリバボーな世界が、東京では堂々と披露されている。
東京人に同化できないにしても、事前に東京人の環境や実情を知っておけば、彼らの行動原理が少し理解できるし、視点が変わるかもしれない。
私はいまでも、目的のために偏差値という尺度があるだけで、偏差値そのものが価値観ではない、と考えてる。
しかし東京の受験社会は、田舎の我々より数段厳しく、そして残酷である。
過剰なまでの成功の光と失敗の影が、容赦なく彼らの心を折る。
東京の連中は彼ら独自のコミュニティの中で、必死に生きている。
あのとき私は、”偏差値カースト制度”を、コメディと捉えるほど達観できなかった。
浪人の苦悩に寄り添う気は毛頭ないが、あのとき私は、嘔吐するくらいのトラウマから這い上がった男たちを、笑ってもいられなかったのだ。
そして確かに私にも、予備校から見上げた明治大学は、とてつもなく大きく見えたのである…
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以上、長くなりました!
岡山大学から東京に出向する先生にむけての、小話でした。
イナカ者もタイヘンだけど、都会の連中も、必死です。
がんばってくださいね~

