院長のささやき

2026年09月10日

東京で生きるって⋯(小ネタ)

 

先日、岡山大学の先生で、東京に研修に出向される方がおられ、お話する機会を得ました。

 

その先生は東京での生活はお初であるそうで、

“西山先生、東京ってどんなところでしょうか?”というようなご質問を頂きました。

 

 

その先生とお話しながら、学生時代の事を思い出しました。

東京慈恵会医科大学時代・・・

東京ピープル、たしかに岡山とは県民性(都民性?)が、違う部分がありました。

 

ショートカットしたいのですが、文脈が無いと理解が難しい話です。

少し長くなるので、3章に構成を分けて説明したいと思います。

 

  第1章:たわいのない会話

  第2章:光と影

  第3章:トラウマとの邂逅

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

第1章:たわいのない会話

 

慈恵医大時代、私は、N岡、N野という男と3人で臨床実習(ポリクリ)をまわっていた。

学外病院研修が御茶ノ水であり、11時半ごろに午前の部がおわった。

と、おもむろにN岡が、“明大キャンパス行ってみよ~ぜ!”と誘ってきた。

言われるがまましばらく歩くと、ひときわキラキラ輝くビルが。

明治大学駿河台キャンパス “リバティタワー”である。

 

 

え?これが、大学!?

とてつもなく大きな校舎である。

 

慈恵医大のどよ~んとホコリをかぶり、微妙にホルマリンの香りのする校舎とは、世界がまったく違って見えた。

入口にはキャンパス寄付者の名簿があり、明治大OBの星野仙一さんやビートたけしさんの名前があった。

 

“ここの学食、明大学生以外でもOKなんだよ、いこ~ぜ!”

マンガの世界のような豪華な吹き抜けを通りながら、17階 “スカイラウンジ”へ向かった。

 

 

17階の”スカイラウンジ”に到着すると、明治大学の学生さんが大勢ランチを楽しんでいた。

女子学生達が雑誌を見ながら、ゼミの話をしたり、先輩とおぼしき男子のライブに行く話で盛り上がっている。

そこにはキラキラと輝く大都会の大学生の姿があった。

 

まるで映画のようなキャンパスライフ。華やいだ会話風景。

さっきまで産婦人科の地味なポリクリを適当に終えた我々とは、まったく別の世界を感じた。

明大のキャンパスのノリに乗っかって、野郎3人でランチを楽しんだ。

 

 

学食はいたって健康的献立で、ほどよく昼食を終えた。

片付けたあと、17階スカイラウンジから外の景色を、3人で眺めていた。

ラウンジからは日本大学、順天堂大学、東京医科歯科大学など、錚々たる大学が見える。

 

N岡:西山~なんか俺、明治大学入り直したくなっちゃったよ~

西山:そうですよね~

(注:N岡はおとなの事情で同級となったので、敬語であった)

N岡:あ~午後のポリクリ戻りたくね~な~ 明治女子とコンパできね~かな? おいN野!ナンパしてこいよ”

N野:いやムリっすよ。N岡さんのほうがそういうの得意でしょ。

西山:N岡さん、山のクラブでTUBEの前田に会ったって話、つづき聞かせてくださいよ~

 

・・・というようなどうでもいい会話が続く。

 

N岡:でもここでメシ食って外界を見下ろしてると、なんか勝ち組って感じで、気分いいよな~

N野:ぶっちゃけ女子のクオリティーも、大学ランクとリンクするんですかね?

西山:しかし明治大学の学生さん、こんなすごい建物で講義受けて、周辺の大学を見下ろしながらランチしてるんだ。スゲェな…

・・・今思い出すと赤面するワード連発だが、大学生なんて、そんなもんである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

第2章:光と影

 

どうでもいいトークを終え、さあ下に降りようか、というその時。

N野とN岡が1点を見つめ動かなくなった。

無言である。

 

”ど、どうしたんだ2人とも?”

私はたずねた。

N野、N岡が同時に私にこう言った。

“見ろ。あそこのボロボロの建物を!あれが駿台予備校だ!!”

 

指指した先の建物は、予備校大御所、駿台予備校であった。

スカイラウンジから見下ろ駿台は、どよよ~んとした古い建物であった。

 

N野もN岡も、下に見える駿台予備校で浪人時代を過ごしたとのことである。

 

 

 

N野とN岡は突然、駿台予備校から目を離さない。

N野+N岡:西山!おれたちはあそこから這い上がって来たんだ!わかるか!?

 

西山:???そうなの。ふ~ん。

私はさっきのトークの延長で、かるくさばいた。

これが、いけなかった。

N野とN岡は、血相を変えて私に説教しはじめたのである。

 

N岡:オイ西山!お前は田舎でのほほんと過ごしラッキーパンチで慈恵合格したようだが、東京で浪人生活してきた俺達がどんな目に逢ってきたことか・・・

N野:俺達クズは掃きだめのような予備校で、地獄を味わってきたんだよ!

そ、そんな・・・ちょっとオオゲサじゃない!?

 

N岡:西山、田舎者のオマエに東京のリアルを教えてやるよ。

N野:東京は、”偏差値カースト制度”という身分制度があるんだよ!

N岡:そうだ。しかも浪人生は、偏差値カースト制度の最下層、“シュードラ”なんだよ!

N野:シュードラから這い上がり、今オレたちはこの明大のラウンジに立っているんだ!

ちょっと、笑えなくなってきた。

 

 

うーん、しかし…

田舎者代表として、私には彼らの言葉に、疑問と違和感があった。

 

そもそも、東京の”偏差値カースト制度”って、何なの!?

ある目的のために偏差値があるだけで、偏差値そのものが価値観ではないのでは?

さらに言えば東京では、その後のキャリアパスや人生まで偏差値カースト制度はつづいていくらしいが?

たとえば医師になってからも、そしてになり子供に対しても偏差値の重圧は続き、こまごまと比較され、そしてカースト分けされるそうだが?

 

要するに、東京で浪人した君たちのヒガミと苦労話でしょ?

悪かったな!田舎でテキトーに育って!

きみたち、ちょっと気色悪い価値観、やめたら?

 

一瞬そう言い返そうと思ったその矢先、N野のつぎの言葉に衝撃を受けた。

 

” まあこんな説教西山にできるのも、慈恵合格できたからだけどな⋯ “

” ぶっちゃけ、まだあそこ(駿台予備校)で8浪とか10浪している医学部志望の奴も、いるぞ。俺より年上の奴も、いるんだよ⋯ “

 

東京カーストの最下級である浪人生から、俺達は這い上がったんだ。

這い上がらなければ、ずっとあそこにへばりついたまま何も言えず、差別されつづけるんだ。

実際そんな奴らがうごめいているんだぜ。まだあそこの建物の中に。

 

そのリアリティに、私の背中に若干冷たいものが走ったのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

第3章:トラウマとの邂逅

 

ひとしきり東京偏差値カースト制度の講義を受けた後、さあ降りようかと思った瞬間、2人が驚きの発言をした。

いまから駿台予備校に行ってみよう!というのである。

 

 

 

トラウマの治療の一環として、患者が恐怖や不安を抱く実際の状況や対象に直面させる治療を”暴露療法(エクスポージャー)”と呼ぶそうである。

彼らはシュードラ時代のトラウマを清算すべく、暴露療法を選択したのであろう。

 

明治大学から駿台予備校へは、歩いて3分程度ですぐ到着した。

入口で座って参考書を読んでいる浪人生がいた。

N野とN岡は、急になにも喋らなくなった。

 

無言で予備校に入ると、静かでぼわんとした、雑多な空間であった。

特に審査もなく自由に上に上がれる構造であった。

たしかになんだか、暗い。

 

N野:N岡さん、やっぱり帰りませんか?ちょっと俺・・・

N野が貧乏ゆすり、いや、震えている。

 

N岡:お、おお、わかった。じゃあ2階の食堂にだけ行ってみようぜ。

さっきの明大学食と比べてみようぜ、という趣旨らしい。

そういうN岡も、完全に顔面がひきつっていた。

 

勇気を出して2階にあがると、食堂ルームがあった。

とはいうものの、自販機と流しがある簡素な自習室、といった具合であった。

 

ラーメンの自販機が見える。“ラ王”が売られていた。

N野、N岡:”ラ王・・・”

立ち尽くす2人。

 

自販機の前の机で、学生さんが問題の出し合いをしていた。

学生の1人が、”うーん、ラメスⅡ世!”と、答えた。

世界史のようである。

 

N野、N岡:”ラ、ラメスⅡ世!?⋯”

世界史を勉強(国立大学志望?)していた頃にフラッシュバックしたのか?

2人とも学生を凝視しうごかなくなっていた。

 

すると突然N野が、

“すみません!ちょっとトイレ!”と、部屋を猛ダッシュで出ていった。

 

“お~じゃあ外で待ってるわN野。”

N野の状況を察し、外で待つ提案をするN岡。

こういうところは優しい、思いやりのある男である。

いや、N岡自身も限界に達していたのかもしれない。

 

そして我々はすみやかに駿台予備校を出た。

外に出ると、空が青い。

解放された気分になった。

 

N岡:ど~よ西山。ちょっとは東京のシビアさがわかったか?

ぜんぜんトラウマを払拭できていない顔のN岡であった。

歩きタバコの口元が、若干震えている。

 

N野:すみません、ちょっとおなかがグルグルしちゃって!

どうやら胃袋がカラになっているようである。

 

N野:ラ王はまだセーフでしたけど、ラメスⅡ世は、ちょっとキましたね~西岡さん

N岡:ラメスⅡ世なんて覚えてよ~、人生に何のトクがあんだよ!?なあ?西山~

 

 

私が何と返事したかは、覚えていない。

軽くスルーできる状況でもない気がした。

 

午後のポリクリに戻る途中、明治大学リバティタワーが見えた。

タワーはランチに入ったときより何倍も大きく見え、私の前にそびえたっていた。

17階スカイラウンジは、霞んでもう見えない。

 

スカイラウンジから駿台予備校、わずか5分の距離。

東京の天国と地獄・リアリズムを感じた気がした。

イナカ者の私が、少し彼らにシンパシーを感じた一瞬であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

東京の医療界の偏差値や大学ブランドへの執着は、地方の医師にとっては異常にしか見えない。

 

・なぜ学歴のしょうもない違いに、こだわるのか?

・なぜ大人になっても、センター試験の点数を自慢するのか?

・東大や慶応の大学院に入り直して、”ウチの大学”って言ってる他大学出身者がいるってホント?

・学歴によって手術させてもらえるもらえないがある、なんて話、ウソでしょ?

 

イナカ者からするとアンビリバボーな世界が、東京では堂々と披露されている。

東京人に同化できないにしても、事前に東京人の環境や実情を知っておけば、彼らの行動原理が少し理解できるし、視点が変わるかもしれない。

 

私はいまでも、目的のために偏差値という尺度があるだけで、偏差値そのものが価値観ではない、と考えてる。

しかし東京の受験社会は、田舎の我々より数段厳しく、そして残酷である。

過剰なまでの成功の光と失敗の影が、容赦なく彼らの心を折る。

東京の連中は彼ら独自のコミュニティの中で、必死に生きている。

 

あのとき私は、”偏差値カースト制度”を、コメディと捉えるほど達観できなかった。

浪人の苦悩に寄り添う気は毛頭ないが、あのとき私は、嘔吐するくらいのトラウマから這い上がった男たちを、笑ってもいられなかったのだ。

そして確かに私にも、予備校から見上げた明治大学は、とてつもなく大きく見えたのである…

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

以上、長くなりました!

岡山大学から東京に出向する先生にむけての、小話でした。

 

イナカ者もタイヘンだけど、都会の連中も、必死です。

がんばってくださいね~